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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)43号 判決 1985年10月30日

奈良県生駒市山崎町17番28号

原告

西井静之助

東大阪市永和2丁目3番8号

被告

東大阪税務署長 山下功

右指定代理人

立法政雄

外4名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  原告

被告が昭和57年12月2日付で原告に対してした,昭和54ないし56年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分はいずれもこれを取消す,訴訟費用は被告の負担とする,との判決

2  被告

主文と同旨の判決

二  原告の請求原因

1  原告は不動産賃貸業を営む者であるが,昭和54ないし56年分の所得税について原告のした確定申告,これに対し被告がした更正処分と過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)及び異議決定並びに国税不服審判所長がした裁決の経緯,内容は別表(一)記載のとおりである。

2  しかし,本件各処分(いずれも異議決定により一部取消後のもの,以下同じ。)には不動産収入金額を過大に評価し,修繕費,立退料を否認して原告の不動産所得金額を過大に認定した違法がある。

3  よって,原告は被告に対し,本件各処分の取消しを求める。

三  請求原因に対する被告の認否及び主張

1  請求原因1の事実は認めるが,同2の事実は争う。

2  原告の係争各年分の総所得金額,所得控除額,課税所得金額は別表(二)記載のとおりであり,その範囲内でなされ本た件各処分には何ら違法はない。

3  原告の不動産所得金額の計算根拠は別表(三)の被告主張額欄に記載のとおりであり,そのうち不動産収入金額の内訳は別表(四)の被告主張額欄に記載のとおりである。

(一)  不動産収入金額について

(1) 昭和54年分

安岡敏一及び島内萬平に対する賃貸料は,安岡につき1月ないし10月分が月額6万円,11月,12月分が月額6万4,500円であり,島内につき1月ないし8月分が月額5万円,9月ないし12月分が月額5万3,750円であるから,年額はそれぞれ72万9,000円及び61万5,000円である。

(2) 昭和55年分

木下仁市及び松元洋一に対する賃貸料は,木下につき月額4万3,000円,松元につき月額12万9,000円であるから,年額はそれぞれ51万6,000円及び154万8,000円である。

(3) 昭和56年分

安岡敏一及び松元洋一に対する賃貸料は,安岡につき1月ないし10月分が月額6万4,500円,11月,12月分が月額7万5,600円であり,松元につき1月ないし9月分が月額12万9,000円,10月分以降が月額17万1,000円であるところ,松元との賃貸借関係は11月末に終了したから,年額はそれぞれ79万6,200円及び150万3,000円である。

(二)  必要経費について

原告主張の修繕費及び立退料については,いずれもその支払いの事実はなく,仮に原告主張の事由により支出されたとしても,いずれも不動産所得を生ずべき事業の遂行上必要な経費とはいえないから必要経費と認められない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び主張

1  原告の係争各年分の総所得金額のうち,不動産所得金額については争い,給与所得金額は認める。所得控除額も認める。

2  原告の不動産所得金額の計算根拠についての認否ないし主張は別表(三)の原告主張額欄に記載のとおりであり,そのうち不動産収入金額の内訳についての認否ないし主張は別表(四)の原告主張額欄に記載のとおりである。

(一)  不動産収入金額について

(1) 昭和54年分

原告が安岡敏一及び島内萬平から支払いを受けた賃料額はそれぞれ54万円及び56万1,250円にすぎず,その余は過大である。

(2) 昭和55年分

原告が木下仁市及び松元洋一から受けた賃料額はそれぞれ47万3,000円及び141万9,000円にすぎず,その余は過大である。

(3) 昭和56年分

原告が安岡敏一及び松元洋一から支払いを受けた賃料額はそれぞれ45万1,500円及び124万5,000円にすぎず,その余は過大である。

(二)  必要経費について

(1) 原告は海田工務店に対し,昭和54年に20万4,000円,昭和55年に4万5,000円を各支払ったが,原告がその賃貸土地上の東海ケース株式会社他七者の各工場につき,火災予防上夜間,休日の見廻りをさせている三男達也の休養部屋を設けるために,自宅の一部を修繕するのに要した費用であるから,必要経費として認められるべきである。

(2) 原告は共和空調株式会社の代表者海野正に対し,昭和54年に430万円,同55年に600万円,同56年に700万円を各支払ったが,右は原告の共和空調らに対する賃貸土地にかかる立退料であるから,必要経費として認められるべきである。

五  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  原告の係争各年分の総所得金額について

1  係争各年分の給与所得金額,不動産所得金額のうち修繕費,立退料以外の必要経費,不動産収入金額のうち,昭和54年分につき安岡敏一,島内萬平以外の分,昭和55年分につき木下仁市,松元洋一以外の分,昭和56年分につき安岡敏一,松元洋一以外の分及び所得控除額については,当事者間に争いがない。

2  不動産収入金額について

(一)  安岡敏一関係

成立に争いのない乙第3号証,銀行作成部分の成立は当事者間に争いがなく,その余の部分は弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第8号証の1ないし5,原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第2号証の1,2に弁論の全趣旨を総合すると,原告は安岡敏一に対し,昭和52年10月4日東大阪市川中521番1の土地の一部(約330m2)を賃料月額6万円,毎月末日限り前月分支払の約定で賃貸し,その後右賃料が昭和54年11月分から月額6万4,500円に,昭和56年11月分から月額7万5,600円に各増額されたことが認められ,右事実によれば,原告が安岡から土地賃貸料として収入すべき金額は昭和54年分が72万4,500円,昭和56年分が78万5,100円であることが計算上明らかであり,右認定に反する証拠はない。被告主張の金額は,毎月末日当月分支払を前提に計算したものであるが,約定支払期は右認定のとおりであるから,失当である。

(二)  島内萬平関係

前示甲第8号証の1ないし5,原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第3号証の1,2に弁論の全趣旨を総合すると,原告は島内萬平に対し,昭和52年9月1日東大阪市川中518番1の土地の一部(約330m2)を月額5万円,毎月末日限り前月分支払の約定で賃貸し,その後右賃料が昭和54年9月分から月額5万3,750円に増額されたことが認められ,右事実によれば,原告が島内から土地賃貸料として収入すべき金額は昭和54年分が61万1,250円であることが計算上明らかであり,右認定に反する証拠はない。被告主張の金額が失当であることは,安岡の場合と同様である。

(三)  木下仁市関係

前示甲第8号証の2ないし5,成立に争いのない乙第4号証,原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第4号証に弁論の全趣旨を総合すると,原告は木下仁市に対し,昭和54年7月19日東大阪市川中518番1の土地の一部(約270m2)を賃料月額4万3,000円,毎月末日限り前月分支払の約定で賃貸したことが認められ,右事実によれば,原告が木下から土地賃貸料として収入すべき金額は昭和55年分が51万6,000円であり,右認定に反する証拠はない。

(四)  松元洋一関係

前示甲第8号証の2ないし5,銀行作成部分の成立は当事者間に争いがなく,その余の部分は弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第8号証の6,成立に争いのない乙第5号証,原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第5号証に弁論の全趣旨を総合すると,原告は松元洋一に対し,昭和54年10月1日東大阪市川中517番及び518番1の土地の各一部(合計約720m2)を賃料月額12万9,000円,毎月末日限り前月分支払の約定で賃貸し,その後右賃料が昭和56年10月分以降月額17万1,000円に増額されたが,右賃貸借契約は昭和56年11月末日終了したことが認められ,右事実によれば,原告が松元から土地賃貸料として収入すべき金額は昭和55年分が154万8,000円,昭和56年分が163万2,000円であることが計算上明らかであり,右認定に反する証拠はない。被告主張の昭和56年分の金額が失当であることは,安岡の場合と同様である。

(五)  原告は前記各賃借人から現実に支払いを受けた賃料額をもって不動産収入金額とすべきである旨主張するが,所得税法36条所定の「収入すべき金額」とは,収入すべき権利の確定した金額を意味すると解され,本件では原告と前記又各賃借人との間で賃貸借契約に基づく賃料債権が成立した時(具体的には各賃料の約定支払日)に収入すべき権利が確定し,たとえ現実の賃料収入がなくてもその段階で所得が実現したことになるから,原告の主張は失当である。

なお,仮に原告主張のような賃料不払の事実があるとすれば,これを貸倒金として必要経費に算入する余地がないわけではないが,前記甲第8号証の1ないし6,乙第3ないし第5号証,原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると,安岡,木下,松元の3名は当時銀行振込と現金持参の方法により賃料を欠かさず支払っていたことが認められ,島内も同様であったと推認できるから,原告主張のような賃料不払の事実はなかったといわざるをえない。

(六)  以上の認定額に前記当事者間に争いがない分を加えた不動産収入金額は昭和54年分が971万1,750円,同55年分が1,044万9,000円,同56年分が1,141万1,880円である。

3  必要経費について

(一)  修繕費について

原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第14号証の1ないし3に弁論の全趣旨を総合すると,原告は東大阪市加納294番地所在の自宅にある三男達也の居室について雨漏りの防止工事等の修繕を施し,その費用として海田工務店に対し昭和54年9月26日に5万5,000円,同年11月3日に14万9,000円,昭和55年8月7日に4万5,000円を各支払ったことが認められるところ,原告は,右修繕費は原告の賃貸土地上の工場につき火災予防上夜間,休日の見廻りをさせている達也の休養部屋を設けるのに必要であったとして,支出年分の必要経費にあたると主張する。

しかしながら,所得税法51条所定の計算上算入されるべき必要経費とは,不動産所得を生ずべき事業の遂行上必要な経費をいうのであるから,右のような修繕費が必要経費と認められないことは明らかであり,原告の主張は失当である。

(二)  立退料について

前示甲第2,3号証の各1,2,第4,5号証,第6号証の1,2,第7号証,第8号証の2ないし5,成立に争いのない甲第11ないし第13号証,第15号証,原告本人尋問の結果及びこれにより成立を認めうる甲第9号証に弁論の全趣旨を総合すると,原告は東大阪市川中517番,518番1,521番1の所有地につき昭和47年4月ころ東大阪都市計画事業中部土地区画整理事業の施行として仮換地の指定を受けていたところ,昭和48年ころから右土地を別表(四)の賃借人欄の東海ケース株式会社を除く賃借人(但し,森近福蔵,弓場省三,大雷工業株式会社については昭和56年ころから。)に対し,賃貸期間をいずれも区画整理事業が開始されるまでの一時使用とする旨の特約を付して賃貸したこと,ところが各賃借人らは東大阪市からの建物の移転又は除去の通知に従わず,そのため東大阪市から原告に対し,昭和53年9月16日と昭和54年12月27日付で,従前土地上の賃借人を立ち退かせ原状回復措置をとるようにとの催告の通知がなされ,原告は賃借人らの立退問題に頭を悩ませていたこと,そのころ右賃貸人の代表格であった共和空調株式会社の代表者海野正が原告に対し,自己の借地権の解消と他の賃借人の立退問題の解決を2,000万円で引き受ける旨の申入れをしたので,原告は右申入れの趣旨に従い昭和54年1月12日に430万円,昭和55年10月22日に600万円,昭和56年6月29日に700万円をそれぞれ海野に支払ったこと,その際海野は領収証を発行せず,右金員の授受があったこと他の賃借人に口外しないよう原告に強く求めたため,原告は右金員が他の賃借人に立退料として分配されたことを確認できないでいること,賃貸土地上の共和空調株式会社所有工場は,昭和53年11月9日付で譲渡担保を原因として森近福蔵に対し所有権移転登記がなされ,共和空調株式会社は昭和56年10月ころ倒産したこと,現在賃借人らは原告の立退要求に対し代替土地の確保を求めてこれを拒んでいること,そのため東大阪市から原告に対し,昭和59年4月27日と昭和60年6月21日付で,従前土地上の賃借人を立ち退かせ早急に原状回復措置をとるようにとの催告の通知がなされたこと,以上の事実が認められ,右認定に反する証拠はない。

原告は,海野に支払った右金員は共和空調らに対する立退料として支出年分の必要経費にあたると主張するが,仮に右金員が賃貸地上の建物を撤去させて立ち退かせるための立退料であるとしても,かかる費用は借地権の取得価額と評価すべきものであって,不動産所得金額の計算上必要経費に算入することはできないと解されるし,そもそも右認定事実からすれば,原告が海野に支払った金員が立退料であるかどうかも疑問としなければならず,原告の主張は失当である。

(三)  以上によれば,必要経費は前記当事者間に争いがない分のみであり,昭和54年分が89万2,934円,昭和55年分が83万6,275円,昭和56年分が98万0,797円である。

三  以上の認定によれば,原告の不動産所得金額は昭和54年分が881万8,816円,同55年分が961万2,725円,同56年分が1,043万1,083円であり,これらに前記当事者間に争いがない給与所得金額を加えた原告の総所得金額は昭和54年分が966万8,416円,同55年分が1,078万1,525円,同56年分が1,170万3,483円であるから,これから所得控除額を差し引いた課税所得金額の範囲内でなされた本件各処分には原告の所得金額を過大に認定した違法はない。

してみると,原告の本訴請求はいずれも理由がないので棄却することとし,訴訟費用の負担につき行訴法7条,民訴法89条を適用のうえ,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青木敏行 裁判官 筏津順子 裁判官 松田亨)

<以下省略>

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